輝く子どもたち 小児白血病 完治の記録
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阿南慈子「白い黒熊」

障がいや病気をもつ子どもたちを見て、あなたはどんなことを思うでしょうか?

私には家族5人とも知的障がい者の親せきがいます。 この家族の両親と次男は無職ですが長男と次女は働いています。私のきょうだいと同じ年代の彼ら。働くといっても健常者と同じ内容の仕事はできませんが、彼らなりに精一杯働いています。その働いたお金で、よしきやかずきにお土産を買ってきてくれることもあります。そういった気持ちが芽生えたのはやはり周りのひとたちの愛情があったからだと思います。

両親も知的障がい者ですので、家事や育児の様子はひどいものでした。父親は働きに出ていましたが、母親はヒステリックなところもあり大変だったようです。私の母が何度も何度も足を運び、掃除やいとこの学校の諸手続きなどの世話をしていました。私の母の愛情がいとこたちの進む道を拓き、職場や彼らに関わる方々の愛情で心が豊かになっているのだと思いました。

幼い頃から障がいをもつ子どもとの触れ合いに慣れていたため、小学生になってから出会った特殊学級の子どもたちとの遊びも抵抗はなく、彼らを軽蔑する子がいると許せませんでした。ただどこかが不自由なだけで、彼らの心は私たちと同じです。

障がいを持つお友達との交流を通して、私は多くのことを教えてもらいました。彼らの行動を手助けすることによって、見えてきたものがありました。感じるものがありました。彼らがいてくれたからこそ得られた宝物だと思っています。

まったりほんぽカナダの太平洋側にプリンセスロイヤル島という無人の島がある。この島の王様は、何といっても体重が200を越すものもあるアメリカ黒熊だろう。でもなぜか、この熊は不思議なことに、真っ黒な毛におおわれた熊の中に必ず十頭に一頭の割合で真っ白な熊が生まれてくる。しかもそれは、色素の足りない突然変異ではなく、もっと積極的な、白という遺伝子をもった白い熊なのだ。

このことをアメリカインディアンたちはこう考えた。その昔、この地球に氷と雪に深く閉ざされた氷河期があった事。そしてそれを乗り越えて今生きていることを忘れないでいるようにと、神様がくださった聖なるしるし、贈り物なのではないかと考えたのだった。だから彼らはこの白い黒熊を神聖なものとして大切にし、決して狩りの対象にはしなかったという。

人間の世界を見てみると、赤ちゃんはたいてい十月十日(とつきとうか)過ごした母親の胎内から、五体満足に健康に生まれてくる。でも時には、身体や知能の不自由な赤ちゃんや病弱な赤ちゃんが生まれてくることがある。それはあまりにもかわいそうではないか、不公平ではないか、どういう意味があるのかと思ってしまう。

だけど、この白い黒熊の存在を知った時、私はこの意味がよく分かったような気がした。これらの弱く小さな赤ちゃんも、健康な周りの人たちが助ければ充分、しかも幸せに生きていくことができる。だから本来人間というものは、人のやさしさやいたわり、思いやりや励まし、つまり愛がなければ生きては行けない存在なのだと、彼らは思い出させてくれる。

さらに、健常者だけで過ごしていては見落としてしまうかもしれない、深く豊かな人間性をかもしだしてくれる。だから、彼らの存在は、人間が連帯の中にあり、人と人とのつながりが何よりも大切であるということ。そしてそのつながりは、愛そのものであることを忘れないようにと、神様がくださった聖なるしるし、贈り物なのではないだろうか。

白い黒熊と同じように、純白に光り輝く弱く小さな彼らもまた、感謝と喜びのうちに、与えられた生命を、神と周りの人からの愛に包まれて、雄々しくまっとうすることができますように・・・。

『PHP』 平成9年7月臨時増刊号 【神様への手紙】 阿南慈子 より引用
(阿南慈子・著  神様への手紙―命をそっと両手につつんで

作成:2009-11-26 21:03:42    更新:2009-11-26 21:03:42
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