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マリ・ボレル「恨みという絆」/日野原重明「許すこと」

ふわふわ。り人に傷つけられた記憶は、心の奥底にいつまでも残っている。その傷を負ったときと同じような場面に遭遇すると、傷口がうずき痛み始める。どんな些細なひと言でも、相手の仕草や声のトーン、メールの最後につけられた絵文字でさえも、その傷口を広げていく。

それなのに、誰かを傷つけた記憶というのはすぐに消えていく。または自分が気づいていないところで相手を傷つけていたり、そんなつもりもないのに相手が傷ついていることだってある。自分も誰かを傷つけて生きているのだ。

あなたには「許せない人」はいますか?  許せないのはどうして?

恨みというのは、一種の「絆」なのです。私たちが恨みを抱いているかぎり、私たちと虐待者は絆でつながれているのです。

許すことによって自由になるのは、虐待者である相手ではなくて、犠牲者であるあなた自身。あなたが恨みを手放すことによって、あなたは「目に見えないロープ」から解放され、自由になるのです。

許すというのは、忘れることではありません。また、相手を罪から解き放つことでもありません。許すとは、あなたを、過去の杭に縛りつけている目に見えないロープを切って、もっと自由に、もっと軽やかに、もっと朗らかに道を歩いていく、ということなのです。

マリ・ボレル・著  幸せの扉を開く許すための81のレッスン より引用

(日野原)

「恕(ゆる)す」という字は、中国の古い言葉に寛恕(かんじょ)、寛大に恕すという言葉の意味とされているけれど、「如」という字の下には心がついている。これは、私の心のようにあなたを考えるという意味なんだ。

私たちの誰一人として完璧な人間などいない。弱さや醜い心は自分の中にもあるのだから、その弱い自分が他人に恕されて生きているように、他人を恕すということなんだ。

日野原重明/乙武洋匡・著  65 27歳の決意・92歳の情熱 対談・日野原重明×乙武洋匡より引用

作成:2009-11-26 21:20:21    更新:2009-11-26 21:20:21
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