病名を伝える必要があるのか(小学1年生)

小学校入学後初めてのクラス懇談会を前に

oxygen治療が終わって1年半経過し、他の子と同じように生活できます。その後の経過も良好で、2ヶ月に1度の定期健診だけ。「完治」したわけではないけれど、かずきには「治った」と話しているし本人もそう思っています。それなのに、かずきのことを知らない初対面の保護者を前に、病名を告げる必要があるのだろうか。病気のことを話さなければならないのだろうか・・・

よしきと同じ幼稚園だった子のお母さん方(廃園になったため、よしきの年長クラス20人程度しかいませんでした。よしきたちが最後の卒園児)、よしきが1年生だった時に学級懇談会に出席された方、子供会の役員の方、ご近所の方、かずきと一緒の保育所だった子のお母さん数人には病気のことを話しています。

私が保護者の方に話をしようと思ったのは、間違った情報や噂が広まるのが嫌だったからです。陰で噂されるぐらいだったらきちんと話そうと思いました。かずきもよく頑張ってきたし、こそこそと噂されるようなことは何一つしていない、だから胸を張って話そうと・・・けれど気持ちは沈んでいく。。。沈んでいくのに気づかなかったと言った方がいいのかもしれません。

これまで(よしきの幼稚園の時のお友達に話したのは除いて)、病名を告げた後に「やっぱり話さなければよかった」と思ったことのほうが多かったような気がします。何かを変えようと思って話したわけではないし、同情してもらいたいわけではないけれど、周りの人たちが自分から遠ざかっていくような雰囲気が寂しかったのです。

病名までも話す必要があったのか。話すとしても「重い病気になったけれど、感染する病気ではない」その程度でよかったのかもしれない。

泣ける話なのか

「小児がん」「白血病」という言葉を最近よく耳にします。難病の子どもたちのドキュメンタリー番組が多くなってきたからでしょうか。自分の子どもも同じ立場になったから、いままでは聞き流していた言葉が耳に入ってくるようになったのでしょうか。私たち難病の子を持つ親の話はまるでドラマようで、泣ける話として扱われてしまうのではないだろうか。

「小児がん」「白血病」・・・私たち家族の口から出たその言葉は、多くのつらい体験を含んで重くなっています。それを初対面の方に「小児がんだったの?治ったからよかったじゃない」といわれたとき、自分は笑顔で「ありがとう」とすぐさま反応できるのだろうか。親から子どもへ伝わり、「かずくんって白血病だったの?白血病ってどんな病気?うつるの?」と聞かれた本人はどんな気分だろう。

病気は個性のひとつ

oxygen「病気はかずきの個性の一部として見守ってやったらどうだろう」 その母の言葉で気づきました。

保育所に入ってからは、他の子と同じように、少しでも早くみんなと足並みをそろえて歩んでいけるようにと焦っていました。大勢のお友達の中で遊ぶことや運動が苦手なのは入院生活が長かったから、何かができない時は病気のせいにしていました。「よしきが年長の時はもっと落ち着いていたし話も理解できる子だったのに、かずきは・・・」兄弟で比べることもありました。「病気のことはすべておまえに任せた」と夫に言われ、自分ひとりで頑張らねば!と張り切りすぎたこともありました。

「言ってしまったことは、いくら後悔してももう元には戻らない。人の噂話というのは、さまざまな方法でどんな内容で伝わっていくかわからないもの。治療も終わっていることだし、かずきのことを知らない人にまで焦って話す必要はないんじゃないかな。まわりをよく見てから話しても遅くはないよ」と母は言いました。

話さなくてもいい・・・肩の荷がすっと下りたような気がしました。人には「大丈夫」と言えるのに、自分のことになると臆病になってしまいます。「もし再発したら・・・」何かの節目にいつもそのことが心にひっかかり、万が一の準備をしてしまいます。今回も。

焦らずゆっくりとまわりを見渡してみよう。それからでも遅くない。病気のことを話さないのは悪いことではない。正直にすべてを話す必要はない。話す必要がある人にだけ話せばいいし、理解してもらえればいい。そう思いました。