なぜ専門知識が必要だったのか

「助けて・・・・」

2004年夏・・・次男が白血病だと告知された。

「おかあしゃあ〜ん!助けてー!骨が折れるー!」

2歳11ヶ月になったばかりの息子が、初めての髄注(ルンバール・腰椎穿刺)をするために処置室へと移動させられた。髄注は、エビのように身体を丸め、背骨の骨と骨のスポンジ状になった部分に針を刺し、そこから髄液を吸い出した後に抗がん剤を注入する。

「お母さんは廊下で待っていてください。終わったら呼びますから」

処置室には大勢の男性医師や看護師が入っていった。押さえつけなければ危険なのだそうだ。検査の方法、どのような体勢でどの部分に針を刺すのかも説明を受けて納得したはずだったが、息子の泣き叫ぶ声が胸に突き刺さって、治療に同意したことを後悔する。本当に治るのだろうか・・・

息子は治療終了までに14回、麻酔をかけず眠薬も使用せず背中に注射をした。そのたびに私は、息子の泣き叫ぶ声をただ廊下でじっと聞いて待つしかなかった。そばで手をにぎってやることも許されなかった。ちょうど息子の頭のあたりで立っている数名の看護学生さん、息子の身体を押さえつけている看護師さん、どうか私のかわりに息子の手をにぎってやってください。「がんばれ」なんて励まさないでください。どうか1秒でも早く、このドアを開けて息子に会わせてください。

私は無力だ。泣き叫ぶ息子に何もできず、ただ泣いて待つことしか出来ない。

知識があれば、何かできたはず。勇気があれば、医師に交渉できたはず。だから私は、専門書を取り寄せて勉強した。私には知識や情報が必要だった。

来月、息子は小学生になる。治療を終えて1年半。入院していた頃の記憶はあまり残っていないようだ。しかし、私はいまもなお鮮明にあの時のことを覚えている。息子が私に助けを求めている声が・・・いつも私の背中を押していた。

「助けて・・・・」

このドアの向こうに・・・

注射をするため無菌室から連れ出されると 息子を奪い取られるような気持ちになる
 処置室に入り何をされるのか悟った息子が 涙声で抵抗している
 「頑張ろうね」その言葉がいつまでも繰り返し聞こえる

 頑張らなくていいんだよ 泣いてもいいんだよ・・・
 でもね、動かないでね 一回で終わりにしようね
 ドアにぴたりとくっついて ただひたすら祈る
 このドアのすぐ向こうに息子がいるのに

とても遠くにいるような感じがする
 自分の無力さに涙があふれてくる

 刺された瞬間、息子の声が悲鳴へと変わり
 「おかあさん」と泣きながら 必死に私を呼んでいる

 早くこのドアを開けてください
 早く息子の顔をみせてください
 早く手を握らせてください
 どうして 私がそばにいては いけないのですか