痛みを減らせば再発 治療方針の決定

白血病の正体

2004年9月4日、白血病の詳しい分類が判明し、今後の治療方針が決まった。

血液検査 血液像
白血球
/μl
好中球数 ヘモグロビン
g/dl
血小板
/μμl
炎症反応 リンパ球
芽球
9/1 13,800 0 5.8 31,000 0.90 18 82
9/2 49,630 0 5.5 25,000 4.10 7 93
9/4 12,000 0 10.0 73,000 3.96 11 89

骨髄にある細胞の94.4%、血管を流れる細胞の93%が白血病に冒されていた。ヘモグロビンは標準値の半分もなく、血小板は8分の1ほどしかない。極度の貧血と、出血の危険が高い状態だった。

治療内容の選択

治療内容(リスク群)の決定にあたり、主治医から説明があった。小児白血病は、発症年齢・発症時白血球数・染色体異常の有無によってリスク分類され、それぞれに治療計画(プロトコール)があるのだ。

「9月1日の血液検査では白血球が 13,800μlでしたが、翌日には 49,630μl に上がっています。今朝の血液検査は 12,000μl に下がったため、この数値であれば標準のSR群(スタンダードリスク)で治療できるのですが、1日で白血球数が急上昇したことを考えるとHR群(ハイリスク)の治療をしたほうが良いと考えています」

HR群は、SR群よりも濃い治療になる。薬剤は増え、副作用も多くなる。痛い処置も多くなるのだ。けれど、SR群の治療で白血病細胞を消すことができなければ再発する。私と夫は主治医の判断に同意し、HR群の治療を進めてもらうことにした。もう少し早く発見できていればもっと軽い治療になったのではないか、早く治ったのではないかと思い自分を責めた。熱が出た8月中旬に血液検査をしていれば、こんなに苦しむことはなかったのではないか・・・。

ゴールの見えない道

すべての治療が終わるのは早くても2年後。そして、その治療が終わって満5年が治癒の目安になるというのだ。「完治する」という確かな言葉を期待していたが、明確なゴールの見えない道を前にして、しばらく放心状態になる。生きてこの病院から出られるのだろうか、小学生になれるのだろうか・・・。

生存率という言葉が、息子の将来を閉ざすように思えた。治るようになった病気とはいえ、完治する保障はないのだ。5年間再発することなく生存している人たちが80%いるらしいが、私には残りの20%がとても重く感じた。生きていることが奇跡なのだ。

すでにJACLSのホームページから情報を得ていた夫は、主治医の説明を頭の中で整理しながら冷静に聞いている。私は、言葉を聞き逃さないようメモをとり、単語ひとつひとつを理解するのが精一杯。そんな私を気遣う主治医に

白血病の治療が始まる直前「だいじょうぶですよ。前向きに考えないと! 治してもらえるっていうのに、泣いていたらおかしいですよね」

笑ってみせたが、心の中では誰にもぶつけられない悲しみと怒りが渦を巻いていた。気丈に振舞っていたつもりだったが、なんだか空回りしていた。病名が確定してもなお、誤診であってほしいと願うばかり。私たち家族のこれからを大きく変える宣告を受けた50分間だった。

輸血と抗生剤のおかげですっかり元気になった次男が待つ病室へ戻ると、病名が確定してしまったことが嘘のように感じる。同席できなかった父と母に、医師から聞いたことを淡々と説明した。心配する父と母に「泣いていても仕方がないから」と平気な顔をして見せる。心は血の涙であふれているというのに、感情は麻痺していた。もう前に進むしかないと覚悟を決める自分と、白血病だなんて何かの間違いに違いないと叫ぶ自分が、心の中に入れ替わり現れて混乱する。